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東京高等裁判所 平成5年(ネ)2525号 判決 1996年9月30日

第一事件控訴人、第二、第三事件各被控訴人(以下「第一審原告」という。)

A

第一事件控訴人、第二事件被控訴人(以下「第一審原告」という。)

B1

第一事件控訴人、第二事件被控訴人(以下「第一審原告」という。)

B2

第一事件控訴人、第二事件被控訴人(以下「第一審原告」という。)

C

第一事件控訴人、第二事件被控訴人(以下「第一審原告」という。)

D

右第一審原告ら訴訟代理人弁護士

内藤隆

永野貫太郎

鬼束忠則

山崎惠

竹岡八重子

葉山水樹

戸塚悦朗

第一事件被控訴人、第二事件控訴人(以下「第一審被告」という。)

石川文之進

右訴訟代理人弁護士

高田治

第一事件被控訴人、第二事件控訴人(以下「第一審被告」という。) 医療法人報徳会(社団)

右代表者理事

広瀬正義

右訴訟代理人弁護士

荒木和男

同(第二事件)

釜萢正孝

近藤良紹

早野貴文

宗万秀和

川合晋太郎

右荒木、近藤、早野、宗万、川合訴訟復代理人弁護士

川合順子

第一事件被控訴人(以下「第一審被告」という。)

石川正子

第一事件被控訴人(以下「第一審被告」という。)

石川邦文

第一事件被控訴人(以下「第一審被告」という。)

石川俊郎

第一事件被控訴人(以下「第一審被告」という。)

石川秋十

第一事件被控訴人(以下「第一審被告」という。)

石川くみ子

右第一審被告五名訴訟代理人弁護士

栗栖康年

第一事件被控訴人、第三事件控訴人(以下「第一審被告」という。)

宇都宮市

右代表者市長

増山道保

右訴訟代理人弁護士

大木市郎治

第一事件被控訴人(以下「第一審被告」という。)

栃木県

右代表者知事

渡辺文雄

右訴訟代理人弁護士

谷田容一

右指定代理人

神野俊彦

外二名

第一事件被控訴人(以下「第一審被告」という。)

右代表者法務大臣

長尾立子

右訴訟代理人弁護士

大森勇一

右指定代理人

加島康宏

外九名

主文

一  第一審原告Aの第一審被告石川文之進、同医療法人報徳会(社団)、同宇都宮市、同国に対する控訴、第一審原告B1、同B2の第一審被告石川文之進、同医療法人報徳会(社団)に対する控訴、第一審原告Cの第一審被告石川文之進、同医療法人報徳会(社団)に対する控訴及び第一審原告Dの第一審被告石川文之進、同医療法人報徳会(社団)、同石川正子、同石川邦文、同石川俊郎、同石川秋十、同石川くみ子に対する控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。

1  第一審被告石川文之進、同医療法人報徳会(社団)、同宇都宮市、同国は、各自第一審原告Aに対し、金五五〇万円及び内金五〇〇万円に対する昭和五九年九月一五日から、内金五〇万円に対する昭和六〇年六月二五日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  第一審原告Aの第一審被告石川文之進、同医療法人報徳会(社団)、同宇都宮市、同国に対するその余の請求を棄却する。

3  第一審被告石川文之進及び同医療法人報徳会(社団)は、各自第一審原告B1及び同B2のそれぞれに対し、金二七万五〇〇〇円及び内金二五万円に対する昭和五八年八月一七日から、内金二万五〇〇〇円に対する昭和六〇年六月二五日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  第一審原告B1及び同B2の第一審被告石川文之進、同医療法人報徳会(社団)に対するその余の請求を棄却する。

5  第一審被告石川文之進、同医療法人報徳会(社団)は、各自第一審原告Cに対し、金五五〇万円及び内金五〇〇万円に対する昭和五九年九月一五日から、内金五〇万円に対する同六〇年六月二五日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

6  第一審原告Cの第一審被告石川文之進、同医療法人報徳会に対するその余の請求を棄却する。

7  第一審石川文之進、同医療法人報徳会(社団)は、各自第一審原告Dに対し、金一一二万円及びこれに対する昭和六一年一月二三日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

8  第一審被告石川正子は、第一審原告Dに対し、金五六万円及びこれに対する昭和六一年一月二三日から、支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

9  第一審被告石川邦文、同石川俊郎、同石川秋十、同石川くみ子は、それぞれ第一審原告Dに対し、金一四万円及びこれに対する昭和六一年一月二三日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(8・9項による支払は7項による支払いとの各自支払)

10  第一審原告Dの第一審被告石川文之進、同医療法人報徳会(社団)、同石川正子、同石川邦文、同石川俊郎、同石川秋十、同石川くみ子に対するその余の請求を棄却する。

二  第一審原告A、同B1、同B2、同C、同Dのその余の控訴及び第一審被告石川文之進、同医療法人報徳会(社団)、同宇都宮市の控訴をいずれも棄却する。

三  第一審被告石川文之進、同医療法人報徳会(社団)、同宇都宮市の各控訴に係る事件の控訴費用は、各控訴人の負担とし、その余の訴訟費用は、第一、二審を通じこれを二分し、その一を第一審原告A、同B1、同B2、同C、同Dの負担とし、その余を第一審被告石川文之進、同医療法人報徳会(社団)、同石川正子、同石川邦文、同石川俊郎、同石川秋十、同石川くみ子、同宇都宮市、同国の負担とする。

四  この判決は、第一1、3、5、7ないし9項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  申立て

(第一事件)

一  第一審原告ら

1 原判決を次のとおり変更する。

2 第一審被告石川文之進(以下「第一審被告文之進」という。)、同医療法人報徳会(社団)(以下「第一審被告報徳会」という。)、同宇都宮市、同栃木県、同国は各自第一審原告A(以下「第一審原告A」という。)に対し金一一〇〇万円及び内金一〇〇〇万円に対する昭和五七年一二月二日から、内金一〇〇万円に対する昭和六〇年六月二五日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

3 第一審被告文之進、同報徳会、同宇都宮市、同栃木県、同国は各自第一審原告B1及び同B2(以下「第一審原告B1ら」と総称する。)各自に対し各金八二万五〇〇〇円及び内金七五万円に対する昭和五八年二月一六日から、内金七万五〇〇〇円に対する昭和六〇年六月二五日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

4 第一審被告文之進、同報徳会、同栃木県、同国は各自第一審原告C(以下「第一審原告C」という。)に対し金一一〇〇万円及び内金一〇〇〇万円に対する昭和四六年八月一〇日から、内金一〇〇万円に対する昭和六〇年六月二五日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

5 第一審被告文之進、同報徳会、同栃木県、同国は各自第一審原告D(以下「第一審原告D」という。)に対し金一一〇〇万円及びこれに対する昭和六一年一月二三日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

6 第一審被告石川正子(以下「第一審被告正子」という。)は第一審原告Dに対し金五五〇万円及びこれに対する昭和六一年一月二三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

7 第一審被告石川邦文、同石川俊郎、同石川秋十、同石川くみ子(以下「第一審被告邦文ら」と総称する。)は各自第一審原告Dに対し金一三七万五〇〇〇円及びこれに対する昭和六一年一月二三日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

8 訴訟費用は、第一、二審ともに、第一審被告らの負担とする。

9 仮執行宣言

二  第一審被告ら

(第一審被告国を除くその余の第一審被告ら)

本件控訴をいずれも棄却する。

(第一審被告国)

1  本件控訴をいずれも棄却する。

2  控訴費用は第一審原告らの負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱宣言

(第二事件)

一  第一審被告報徳会、同文之進

1 原判決中第一審被告報徳会、同文之進敗訴部分を取り消す。

2 第一審原告らの第一審被告報徳会、同文之進に対する請求をいずれも棄却する。

3 訴訟費用は、第一、二審ともに、第一審原告らの負担とする。

二  第一審原告ら

本件控訴をいずれも棄却する。

(第三事件)

一  第一審被告宇都宮市

1 原判決中第一審被告宇都宮市敗訴部分を取り消す。

2 第一審原告Aの第一審被告宇都宮市に対する請求を棄却する。

3 訴訟費用は、第一、二審ともに、第一審原告Aの負担とする。

二  第一審原告A

本件控訴を棄却する。

第二  主張

次のとおり付加、訂正するほか原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

一  原判決七枚目表八行目の各「一瀬」を「一ノ瀬」に、同八枚目裏末行の「イないしハ」を「、②」にそれぞれ改める。

二  同一〇枚目裏末行の「知りながらあえて」の次に「、他の代替措置を検討することなく」を、同一一枚目表五行目末尾の次に「このように第一審原告Aの宇都宮病院への入院は、吉澤寮長の指示による退寮処分に負う面が大きく、同人には重大な責任があり、第一審被告文之進、同報徳会との共同不法行為を構成する。」をそれぞれ加える。

三  同一二枚目表末行の次に行を改めて次のとおり加える。

「なお精神病院に対する監督については、昭和三一年厚生省公衆衛生局長、医務局長通知「精神病院に対する実地指導の強化徹底について」、昭和三六年厚生省公衆衛生局長通知「精神障害者措置入院及び同意入院取扱要領について」及び昭和四五年厚生省公衆衛生局長、医務局長通知「精神病院の運営管理に対する指導監督の徹底について」もこれを定めるものであり、さらに「市民的及び政治的権利に関する国際規約」七条、一〇条の内容をも考慮するならば、栃木県知事は医療法二五条に基づく医療監視をより積極的にすべき義務があったものである。

また栃木県知事は、各年度の医療監視のほか、県精神衛生センター、福祉事務所、保健所等になされる各種の訴え等のその他の情報源を介して宇都宮病院における暴力状態、違法状態を認識していた。」

四  同一六枚目表六行目の「二条二項」の次に「、同条三項b」を加え、同一七枚目表七行目末尾の次に行を改めて次のとおり加える。

「④ その他の責任

宇都宮市長のなした保護義務者としての入院についての同意及び栃木県知事の精神病院の監視、監督事務はいずれも第一審被告国の機関委任事務としてなされたものである。したがって右各事務に前記の違法がある以上、第一審被告国は国家賠償法一条に基づき損害賠償義務を負うものである。

第一審原告Aは人権規約九条一ないし四項に違反する違法な拘束、暴行等を受けたものであるところ、右拘束等は、第一審被告国の制定した精神衛生法及び行政実務に基づくものであり、しかも第一審被告国には前記の立法不作為があるのであるから、いわゆる自動執行力のある右条約の性質上、第一審原告Aは第一審被告国に対し同条五項により賠償を受ける権利を有している。」

五  同一七枚目表一〇行目末尾の次に次のとおり加える。

「特に本件においては医療機関においてその目的に反する反医療的、非人道的行為が長期間継続したものであること、右反人道性は単に第一審原告Aの個人的、主観的な被害ではなく、証拠上明白な客観的事実であること、その反人道的行為は本件では特に悪質であること、にもかかわらず第一審被告文之進は何らの反省の態度を示していないことが明らかであり、これらの事情は慰謝料を算定するに当たり十分に考慮されるべきである。」

六  同二〇枚目表七行目の「イないしハ」を「、②」に改める。

七  同二一枚目六行目の「認識しながらあえて」の次に「、他の代替措置を検討することなく」を、同表一〇行目末尾の次に「このように亡B1の宇都宮病院への入院は、吉澤寮長の指示による退寮処分に負う面が大きく、同人には重大な責任があり、第一審被告文之進、同報徳会との共同不法行為を構成する。」をそれぞれ加える。

八  同二三枚目表五行目末尾の次に行を改めて次のとおり加える。

「④ その他の責任

栃木県知事の精神病院の監視、監督事務は第一審被告国の機関委任事務としてなされたものである。したがって右事務に前記の違法がある以上、第一審被告国は国家賠償法一条に基づき損害賠償義務を負うものである。

亡B1は人権規約九条一ないし四項に違反する違法な拘束、暴行等を受けたものであるところ、右拘束等は、第一審被告国の制定した精神衛生法及び行政実務に基づくものであり、しかも第一審被告国には前記の立法不作為があるのであるから、いわゆる自動執行力のある右条約の性質上、亡B1は第一審被告国に対し同条五項により賠償を受ける権利を有していた。」

九  同二三枚目表八行目末尾の次に次のとおり加える。

「特に本件においては医療機関においてその目的に反する反医療的、非人道的行為が長期間継続したものであること、右反人道性は単に亡B1の個人的、主観的な被害ではなく、証拠上明白な客観的事実であること、その反人道的行為は本件では特に悪質であること、にもかかわらず第一審被告文之進は何ら反省の態度を示していないことが明らかであり、これらの事情は慰謝料を算定するに当たり十分に考慮されるべきである。」

一〇  同二七枚目裏末行末尾の次に行を改めて次のとおり加える。

「③ その他の責任

栃木県知事の精神病院の監視、監督事務は第一審被告国の機関委任事務としてなされたものである。したがって右事務に前記の違法がある以上、第一審被告国は国家賠償法一条に基づき損害賠償義務を負うものである。

第一審原告Cは人権規約九条一ないし四項に違反する違法な拘束、暴行等を受けたものであるところ、右拘束等は、第一審被告国の制定した精神衛生法及び行政実務に基づくものであり、しかも第一審被告国には前記の立法不作為があるのであるから、いわゆる自動執行力のある右条約の性質上、第一審原告Cは第一審被告国に対し同条五項により賠償を受ける権利を有している。」

一一  同二八枚目表三行目末尾の次に次のとおり加える。

「特に本件においては医療機関においてその目的に反する反医療的、非人道的行為が長期間継続したものであること、右反人道性は単に第一審原告Cの個人的、主観的な被害ではなく、証拠上明白な客観的事実であること、その反人道的行為は本件では特に悪質であること、にもかかわらず第一審被告文之進は何ら反省の態度を示していないことが明らかであり、これらの事情は慰謝料を算定するに当たり十分に考慮されるべきである。」

一二  同二九枚目表二行目の「一瀬」を「一ノ瀬」に改め、同裏八行目末尾の次に行を改めて、

「(3) 請求原因(一)(7)(第一審原告Aの損害)は争う。」

を加え、同三〇枚目表八行目末尾の次に「宇都宮病院の職員が亡B1をちとせ寮から同病院に連れて行った行為は、精神障害者で入院の必要性が疑われる亡B1に対し医師の行う診察行為に付随するその準備行為である。そして右行為は、右目的を実現するため、医師の指示により、必要最小限度の方法でなされた適正なものであり、何ら違法な拘束行為ではない。」を加え、同表一〇行目の「宇都宮病院への」から同裏三行目の「当たらない。」までを削り、同三二枚目表四行目末尾の次に行を改めて、

「(3) 請求原因(三)(6)(第一審原告Cの損害)は争う。」

を加える。

一三  同三二枚目裏三行目の「①イ」を、「①で引用する同(一)(2)②イ」に、同三三枚目表一行目の「一瀬」を「一ノ瀬」にそれぞれ改め、同裏九行目末尾の次に行を改めて、

「(3) 請求原因(一)(7)(第一審原告Aの損害)は争う。」

を加え、同三四枚目表八行目の「①イは、」から同行末尾までを、「①で引用する同(一)(2)①は争う。宇都宮病院の職員が亡B1をちとせ寮から同病院に連れて行った行為は、精神障害者で入院の必要性が疑われる亡B1に対し医師の行う診察行為に付随するその準備行為である。そして右行為は、右目的を実現するため、医師の指示により、必要最小限度の方法でなされた適正なものであり、何ら違法な拘束行為ではない。同じく引用に係る同②イも、否認ないし争う。」に改め、同裏一行目の「宇都宮病院への」から同裏五行目の「あたらない。」までを削り、同三六枚目裏一行目末尾の次に行を改めて、

「(3) 請求原因(三)(6)(第一審原告Cの損害」は争う。」

を加える。

一四  同三七枚目裏三行目の末尾の次に「なお宇都宮市長は、第一審原告Aの保護義務者としての入院同意に際し、衛生法三三条の法理上、精神病院の管理者と独立に、当該の者が精神障害者であるか否か、また入院の必要性があるか否かにつき判断すべき立場にはない。」を、同三八枚目表二行目末尾の次に行を改めて、

「(3) 請求原因(一)(7)(第一審原告Aの損害)は争う。」

をそれぞれ加える。

一五  同三九枚目表二行目の末尾の次に「なお主張に係る厚生省の局長通知については、その適用の前提要件たる具体的な事実が存在しないから直ちに第一審被告県の責任を発生させるものではない。」を、同表六行目末尾の次に行を改めて、

「(3) 請求原因(一)(7)(第一審原告Aの損害)は争う。」

を、同裏二行目の末尾の次に「なお主張に係る厚生省の局長通知については、その適用の前提要件たる具体的な事実が存在しないから直ちに第一審被告県の責任を発生させるものではない。」をそれぞれ加え、同裏七行目の「(一)(1)」を「(三)(1)」に、同裏末行の「(一)(5)」を「(三)(4)」にそれぞれ改め、同行末尾の次に「なお主張に係る厚生省の局長通知については、その適用の前提要件たる具体的な事実が存在しないから直ちに第一審被告県の責任を発生させるものではない。」を同四〇枚目表四行目末尾の次に行を改めて、

「(3) 請求原因(三)(6)(第一審原告Cの損害)は争う。」

をそれぞれ加える。

一六  同四一枚目裏一〇行目末尾の次に行を改めて、

「④ 請求原因(一)(6)④(その他の責任)中、宇都宮市長の入院同意、栃木県知事の監視、監督が国の機関委任事務であることは認めるが、その余の事実は争う。なお人権規約九条五項には自動執行力はなく、また本件において違法な拘束等があったとしても、その主体は第一審被告国ではないから同条項による責任が発生することはない。

また宇都宮市長の入院同意、栃木県知事の監視、監督が適法になされたことは、第一審被告宇都宮市、同栃木県の認否を援用する。

(3) 請求原因(一)(7)(第一審原告Aの損害)は争う。」

を加え、同四二枚目表一〇行目の「原告A」を「亡B1」に改め、同裏三行目末尾の次に行を改めて、

「④ 請求原因(二)(6)④(その他の責任)中、栃木県知事の監視、監督が国の機関委任事務であることは認めるが、その余の事実は争う。なお人権規約九条五項には自動執行力はなく、また本件において違法な拘束等があったとしても、その主体は第一審被告国ではないから同条項による責任が発生することはない。

また栃木県知事の監視、監督が適法になされたことは、第一審被告栃木県の認否を援用する。」

を加え、同裏七行目の「(一)(1)」を「(三)(1)」に、同裏一〇行目の「(一)(6)」を「(三)(5)」にそれぞれ改め、同四三枚目表一行目冒頭から同表三行目末尾までを次のとおり改める。

「③ 請求原因(三)(5)③(その他の責任)中、栃木県知事の監視、監督が国の機関委任事務であることは認めるが、その余の事実は争う。なお人権規約九条五項には自動執行力はなく、また本件において違法な拘束等があったとしても、その主体は第一審被告国ではないから同条項による責任が発生することはない。

また栃木県知事の監視、監督が適法になされたことは、第一審被告栃木県の認否を援用する。

(3) 請求原因(三)(6)(第一審原告Cの損害)は争う。」

一七  同四八枚目表八行目を次のとおり改める。

「(1) 甲事件の請求原因(一)(6)①及び②と同じ。

(2) その他の責任

栃木県知事の精神病院の監視、監督事務は第一審被告国の機関委任事務としてなされたものである。したがって右事務に別記の違法がある以上、第一審被告国は国家賠償法一条に基づき損害賠償義務を負うものである。

第一審原告Dは人権規約九条一ないし四項に違反する違法な拘束、暴行等を受けたものであるところ、右拘束等は、第一審被告国の制定した精神衛生法及び行政実務に基づくものであり、しかも第一審被告国には前記の立法不作為があるのであるから、いわゆる自動執行力のある右条約の性質上、第一審原告Dは第一審被告国に対し同条五項により賠償を受ける権利を有している。」

一八  同五〇枚目裏九行目末尾の次に「第一審原告Dに対する拘束の事実は存在しない。すなわち報徳産業の宿舎、事務所の構造、第一審原告Dの行動を「監視」していたとされる人員の数、鍵の状況等から亡裕郎が第一審原告Dを拘束していなかったことは明らかであり、したがってこのような状況下にあった第一審原告Dは時に一時帰郷までしたにもかかわらず、自らの意思で報徳産業に戻っており、右事実は「拘束」の不存在を裏付けるものである。」を加える。

一九  同五三枚目表三行目の「同(六)」から同表四行目末尾までを次のとおり改める。

「(1) 同(六)(第一審被告国の責任)(1)に対する認否は、甲事件の請求原因(一)(6)①及び②に対する認否と同じ。

(2) 同(2)(その他の責任)の事実中、栃木県知事の監視、監督が国の機関委任事務であることは認めるが、その余の事実は争う。なお人権規約九条五項には自動執行力はなく、また本件において違法な拘束等があったとしても、その主体は第一審被告国ではないから同条項による責任が発生することはない。

また栃木県知事の監視、監督が適法になされたことは、第一審被告栃木県の認否を援用する。」

二〇  同五四枚目裏四行目の末尾の次に行を改めて次のとおり加える。

「仮に右時期以前の第一審原告Dが、その被った行為が不法行為を構成する旨を知っていたとしても、第一審原告Dが第一審被告文之進、同報徳会、亡裕郎らに対し訴訟上の請求等をすることは右第一審被告らによるリンチを招くことであり、これが可能となったのは、宇都宮病院、報徳産業を退院、脱出後、本件が新聞報道等により社会的問題となった後であった。また右時点までは、第一審原告Dは自らが受けた行為が不法なものであるとの認識を有していなかった。したがって右時点までは、一般人の認識に照らし、その権利行使の可能性が事実上ないから、時効の起算日も同日以降である昭和五九年三月一五日となるものである。」

第三  証拠<省略>

理由

第一  当裁判所は、第一審原告らの本訴請求は、第一審被告らに対し、主文一項記載の金員の支払を求める限度で理由があるが、その余は理由がないものと判断する。その理由は以下のとおりである。

一  第一審原告Aの請求について

以下のとおり付加訂正するほか、原判決五五枚目表末行から同七四枚目表九行目までを引用する。

1  原判決五六枚目裏一一行目の「入院させることとして」の次に「(同寮長は入院を希望していた。)」を、同五七枚目裏五行目の「気付いたが」の次に「諦めるほかないと考え」をそれぞれ加える。

2  同六一枚目表末行の次に行を改めて次のとおり加える。

「なお第一審被告報徳会は、第一審被告文之進外一名の医師作成に係る鑑定意見書(乙C二三号証)を提出し、第一審原告Aの本人歴、ちとせ寮在寮中の記録、宇都宮病院入院時及び在院時の所見等を考察した上、第一審原告Aはその入院時及び在院時において、精神病質、慢性アルコール中毒症であった旨主張する。しかしながら、右鑑定意見書の記載は前掲証拠(特に甲A一三号証)及びこれによって認められる前記認定の事実に照らし採用できない。」

3  同六四枚目裏三行目の「手続に代わる」を「手続に準じる」に改め、同六五枚目裏七行目末尾の次に行を改めて次のとおり加える。

「なお第一審被告宇都宮市、同国は、入院同意の違法性の有無につき、宇都宮市長は、第一審原告Aの保護義務者としての入院同意に際し、衛生法三三条の法理上、精神病院の管理者と独立に、当該の者が精神障害者であるか否か、また入院の必要性があるか否かにつき判断すべき立場にはないとして、本件では宇都宮病院の管理者である第一審被告文之進が第一審原告Aにつき精神障害者で入院の必要性があると診察、判断し、その旨通知した以上、宇都宮市長は、これと異なる判断をすべき地位にはない旨主張する。

しかしながら、確かに右のような精神障害者であるか否か等の判断は、第一次的には、これを精神病院の管理者に委ねたものと解されるが、衛生法三三条は、あくまでも精神病院の管理者と独立の立場で市長の入院同意を規定しているものと解され、したがって、右入院同意の可否を決するには、その前提として、当該本人は精神障害者であるか否か等の判断をする必要があるものと解される。そして右判断はいわゆる措置入院の要否に際しての判断と異なり、精神病院の管理者の判断が第一次的に優先され、尊重されるべきものではあるが、これを全く欠いてもよいとする法理は見出し難い。ところで本件にあっては、前記のとおり、宇都宮市長は、医師等による説明はおろか、第一審原告Aの病名、症状等についても確認することなく、入院同意を与えたものであり、右のような判断を怠ったものとして、なお違法であると評価するのが相当である。」

4  同六七枚目裏九行目末尾の次に行を改めて次のとおり加える。

「(3) ところで第一審原告Aは、第一審被告宇都宮市の設立するちとせ寮は同原告を宇都宮病院に通報して、他の代替措置を検討することもなく違法に入院、退寮させたものであるから、第一審被告宇都宮市の右行為は第一審被告報徳会、同文之進と共同不法行為の関係にあり、その責任はむしろ第一審被告報徳会、同文之進より重いものである旨主張する。しかしながら、確かに前記のとおり、宇都宮病院に第一審原告Aの所在、現状等を通知、相談したのは、ちとせ寮の職員であり、その際、入院措置を希望しているけれども、これは第一審原告Aに身寄りがないこととその現状から希望をしたにとどまり、第一審原告Aを精神障害者であるとして入院を要する旨判断したのは第一審被告報徳会であり、第一審被告宇都宮市はこれにつき前記入院同意の形で関与し、右入院の効果として、ちとせ寮からの退寮処分をしたものと解される。したがって第一審被告宇都宮市が第一審原告Aにつき独自に退寮を決したものと解するのは相当ではなく、右をもって第一審原告Aに対する不法行為を構成すると解するのも相当でない。」

5  同六八枚目表二行目の「九月二五日」を「九月一五日」に改め、同表三行目の「被ったものであり」の次に「、証拠(甲全一、一二)によって認められる病院の状況その他本件に現れた諸般の事情を考慮すると」を加え、同四行目の「金二五〇万円」を「金五〇〇万円」に、同八行目の「二五万円」を「五〇万円」にそれぞれ改める。

6  同六九枚目表六行目の「看護者の数が」の次に「医療法施行令」を、同裏六行目の「できない。」の次に「なお第一審原告Aは、第一審被告栃木県は、各年度の医療監視のほか、県精神衛生センター、福祉事務所、保健所等になされる各種の訴え等のその他の情報源を介して宇都宮病院における暴力状態、違法状態を認識していたとして、これに沿う論文(甲全八号証)を提出するが、右記載のみでは右主張を認めることはできない。」をそれぞれ加え、同七一枚目表五行目末尾の次に行を改めて次のとおり加え、同六行目の「(4)」を「(5)」に改める。

「(4) なお第一審原告Aは、第一審被告栃木県の宇都宮病院に対する監督についての根拠として、昭和三一年厚生省公衆衛生局長、医務局長通知「精神病院に対する実地指導の強化徹底について」、昭和三六年厚生省公衆衛生局長通知「精神障害者措置入院及び同意入院取扱要領について」及び昭和四五年厚生省公衆衛生局長、医務局長通知「精神病院の運営管理に対する指導監督の徹底について」を指摘し、人権規約七条、一〇条の存在も主張するが、右通知が発出されていること、また右条約が締結されていることも、直ちには前記判断を覆すものではない。」

7  同七三枚目裏三行目末尾の次に行を改めて、

「なお人権規約二条二項、三項bの存在及びその内容も、右判断を覆すものではない。」

を加え、同七四枚目表九行目末尾の次に行を改めて次のとおり加える。

「(3) その他の責任について

第一審原告Aは、本件は人権規約九条一ないし四項に違反する違法な拘束、暴行等であるとして、同条五項に基づく請求もする。しかしながら、人権規約につきいわゆる自動執行力が認められるかは議論のあるところであるが、仮に右が肯定されたとしても、本件では、その拘束等の主体は第一審被告国ではないと解すべきであり(精神病院が第一審被告国の制定した精神衛生法及び行政実務に基づき設立、運営等されているからといって直ちに第一審被告国が拘束等の主体となると解するのは相当でない。)、したがって右を根拠として第一審被告国に対し損害賠償を請求するのは失当である。

ところで宇都宮市長のなした入院同意は、国の機関委任事務としてなされたものであることは、第一審原告Aと第一審被告国との間に争いがない。そうして前記のとおり右事務執行につき前記の違法が認められる以上、国も国家賠償法に基づき、損害賠償義務を負うと解するのが相当である。」

二  第一審原告B1らの請求について

以下のとおり付加訂正するほか、原判決七四枚目表末行から同八五枚目表二行目までを引用する。

1  原判決七五枚目裏一一行目の「欲しいと」の次に「(入院を希望して)」を加え、同七八枚目表三行目の末尾の次に次のとおり加える。

「なお右第一審被告らは、右のとおり医師の行う診察行為に付随するその準備行為であるとして、右行為は、右目的を実現するため、医師の指示により、必要最小限度の方法でなされたことから、何ら違法な拘束行為ではないと主張する。しかしながら、本件にあって、仮に医師の少なくとも包括的な指示が認められたとしても、前記認定の事情を考慮すると、診察前の行為としては、必要最小限度の程度を超える違法な行為と評価されるものである。」

2  同七九枚目表三行目の末尾の次に次のとおり加える。

「もっとも証拠(検証の結果(宇都宮地方裁判所昭和五九年(モ)第三八九号証拠保全事件)、第一審被告文之進本人)によると、亡B1については、前記のとおりちとせ寮入寮中の昭和五六年五月一五日の検査では、梅毒についてのTPHA検査で陽性を示していたが、宇都宮病院に入院することとなった昭和五八年二月一八日の検査(血液採取日は同月一七日)においては、同種の検査が陰性となったこと、したがって宇都宮病院においては、その後、梅毒についての投薬等の治療は全くなされたかったことが認められる。しかしながら右検査において梅毒の反応が全く出なくなったからといって、直ちにり患していた梅毒性精神病も治癒した、又はそもそも梅毒性精神病にはり患していなかったと即断することはできず、したがって、相当期間入院して経過を観察することは相当であり、他方、梅毒の反応が出ていない以上、右に対する投薬等は必要なく、経過観察で十分と解され、いずれにしても右事実も直ちに前記認定を覆すものではないものである。」

3  同八三枚目表一行目の「依頼し」の次に「、その際、入院させることを希望し」を加え、同三、四行目の「拘束に加担したものと」を「拘束までを容認し、これに共謀したとまでは」に改め、同末行末尾の次に行を改めて次のとおり加える。

「(3) したがって、亡B1を退寮させたちとせ寮の吉澤寮長の所為が第一審被告文之進、報徳会と共同不法行為を構成するとの前提のもとに第一審被告宇都宮市に対して損害賠償を求める第一審原告B1らの主張は失当である。」

4  同八三枚目裏二行目の「以前に」の次に「、警察官による犯人逮捕と同様に取り押えられて手錠をかけられるという方法で」を、同八行目の「とどまること」の次に「、その他本件に現れた諸般の事情」を加え、同一〇行目の「五〇万円」を「一〇〇万円」に改める。

5  同八五枚目表二行目の末尾の次に行を改めて次のとおり加える。

「(4) その他の責任

前記のとおり栃木県知事の行為に違法が認められないのであるから、右が機関委任事務であることを前提とする第一審原告B1の主張は失当である。

また人権規約九条に関する責任については、前記1(九)判示のとおり失当である。」

三  第一審原告Cの請求について

以下のとおり付加訂正するほか、原判決八五枚目表四行目から同九二枚目裏一行目までを引用する。

1  原判決八八枚目裏六行目の末尾の次に行を改めて次のとおり加える。

「第一審原告Cに対しては、昭和四六年末ころから大精神薬であるクロール・プロマジンが投与され、その後昭和五一年末ころには右薬の投与は中止されたが、同様に大精神薬であるヒルナミン(ロボトミン)が投与された。そして右二種の薬のいずれかがその後退院時期である昭和五九年九月まで、継続的に投与された。」

2  同裏九行目の末尾の次に行を改めて次のとおり加える。

「第一審原告Cの退院に際し、第一審被告文之進は、昭和五九年九月一五日付け紹介状(退院に際しての他の医師に対する引き継ぎ書)を作成したが、その中には第一審原告Cの診断名として、アルコレール性肝障害、XYY症候群等があげられ、現在精神状態も良好との記載がある。」

3  同八九枚目裏四行目の「原告C」から同裏五行目の「ある旨」を「第一審原告Cは、横浜市中区長の同意に基づく同意入院の手続により入院したものであること、なお、右同意書は病院の倉庫の火災等により紛失したこと等を」に改める。

4  同九〇枚目裏五行目の末尾の次に次のとおり加える。

「もっとも前記のとおり、第一審原告Cに対しては、退院するまでの間、終始大精神薬の投与がなされ、また閉鎖病棟に移っての治療等もあったことが認められるが、他方右事実がなされていたにもかかわらず、昭和五九年八月には、栃木県知事から医療不要と判定されるのみならず、第一審被告文之進も、同年九月には、精神状態も良好との記載をし、他方病名として精神病質をあげない内容の紹介状を作成したことも認められるものであるから、右精神薬の投与、閉鎖病棟への移動等の事実をもって、現実になされた退院時まで第一審原告Cの精神状態の改善がなく、なお入院治療の必要性があったとすることはできないものである。

ところで第一審被告報徳会、同文之進は、第一審原告CのXYY症候群の存在も、入院の必要性の一つとして主張し、第一審被告文之進外一名の医師作成に係る鑑定意見書(乙C二四号証)を提出する。しかしながら証拠(甲三〇号証)によると、右XYY症候群に基づく異常性格等の存否については、議論のあるところであることが認められ、また第一審被告文之進の供述によっても、第一審原告Cについてホルモン検査等したが、結局右病名については特段の治療はしなかったことが認められ、したがって右症候群の存在が認められるとしても、前記のような入院の長期化の必要性を裏付けるものとはならないものである。」

5  同九一枚目裏九行目の「九月一五日まで」の次に「一一年九か月余りの間」を加え、同九二枚目表二行目の「三〇〇万円」を「五〇〇万円」に、同六行目の「四〇万円」を「五〇万円」に改める。

四  第一審原告Dの請求について

1  入退院の経緯について

以下のとおり付加訂正するほか、原判決九三枚目裏末行から同九七枚目裏六行目までを引用する。

(一) 原判決九六枚目表五行目の「宇都宮警察書」を「宇都宮駅前で警察官から職務質問を受けて宇都宮市内の警察署」に改める。

(二) 同九六枚目表末行の「本件入院中」から同裏二行目の「従事させた。」までを「作業療法として、同人の弟である亡裕郎が経営していた報徳産業等に入院患者を派遣して作業をさせていたが、第一審原告Dも同様に報徳産業等に派遣して同社の農場や冷凍庫における搬入作業に従事させた。」に、同八行目の「同社に住み込みで」を「同社で」にそれぞれ改める。

(三) 同九六枚目裏九行目の「退院したが」から同九七枚目裏四行目末尾までを次のとおり改める。

「退院した。第一審原告Dは、電気工事士等の資格を持っていたので、退院に際して、再度電気関係の仕事に就きたいと希望したが、第一審被告文之進や身元引受人となった亡裕郎が承諾せず、報徳産業に勤務することを命じたのでやむなく、報徳産業の事務所の二階にある宿舎に住み込んで冷凍庫での搬入作業等に引き続き従事した。食事は宇都宮病院から運んだものを宿舎敷地内でとり、風呂も同様敷地内で利用した。同原告に対しては、報徳産業から給与として月額一万円が支払われたものの、右給与は裕郎が局長を勤めている郵便局に振り込まれて通帳・印鑑ともに報徳産業側で保管していたため、同原告が払い戻すことはできなかった。また、宿舎の一階にある事務所内には、報徳産業の職員が詰めていて同原告らを監視しており、夜も寝泊まりしていたため、許可を受けなければ外出できなかったし、所持金もなかったため外出は事実上無理であり、その生活は退院前と殆ど変わることがなかった。

同原告は入院中、第一審被告文之進から無賃乗車をしたから半年は帰ることができないなどと言われており、この行為で宇都宮病院に入院していると思っていた。また、同原告は、昭和四、七年一一月に母としの許での外泊が無断で一晩遅れたため宇都宮病院の看護士三名に引き戻され、入院病棟も変えられた(同原告は事実上の処分と受けとめた。)。こうしたことから、同原告は退院後の昭和四八年一二月末許可を得てとしの許に外泊したが、そのまま戻り、再び作業に従事したが、間もなく作業拡張計画を聞かされ、帰省した折りにとしが会社に頼んで給与の中から五〇〇〇円を払い戻したのをとしから受け取っていて当時三〇〇〇円ほど残っていたため同会社から抜け出そうと考えた。

そこで同原告は、食堂に置いてあった新聞の求人広告欄を就職のために切り抜いて準備をし、午後から一泊旅行が計画されていた昭和四九年一月一四日の午後四時ころ、監視の目を盗んで宿舎を抜け出した。

(9) 同原告は、抜け出した後、宇都宮駅までの一時間程の距離を人の目を避けながら走り、同駅から国鉄を利用して上野駅に行き、前記広告記載の電気関係の求人先に応募して就職をきめ、そのまま現場住み込みで働いた。その後も、宇都宮病院ないし報徳産業から連れ戻されるのをおそれて転々と職場を変えたが、ようやく昭和五二年に自分で東京都において電気管理事務所を設立した。」

(四) 同九七枚目裏六行目の末尾の次に「なお第一審原告Dは、宇都宮病院退院以前も報徳産業に住み込みで勤務した旨供述するが、証拠(乙C三号証)によると、右期間中も日々の検温等を受け、その記録が残っていることが認められ、したがって、住み込みによる勤務は当時はまだなされなかったものと認めるのが相当である。」を加える。

2  本件入院の違法性について

(一) 精神障害の存否について

原判決九七枚目裏九行目から同九八枚目表九行目までを引用する。

(二) 保護義務者による同意について

第一審原告Dの入院の根拠につき、第一審被告報徳会、同文之進は、第一審原告Dの母であるとしが保護義務者として同意したことを主張するが、これを直接に裏付けるとし作成の同意書等の証拠はない。しかしながら、証拠(乙C第二五号証、第一審原告D本人、第一審被告文之進本人)によると、第一審原告Dの母であるとしは、昭和四七年五月一六日、宇都宮家庭裁判所から、第一審原告Dの保護義務者に選任されたことが認められる。右選任の時期は、前記のとおり第一審原告Dが同年四月二五日、宇都宮病院に入院した直後に当たるものであり、また前記認定のとおり、本件入院に当たっても、またその後の退院に際しての勤務に際しても、としが関与していることが認められることからすると、第一審原告Dの入院につき、としが、宇都宮病院から申立書用紙の交付を受け、家庭裁判所に申し立て、保護義務者に選任され、右地位に基づき入院に同意したものと推認するのが相当である。

もっとも証拠(第一審原告D本人)中には、第一審原告Dが退院後としに確認したところによれば、としは右同意はしなかった旨を述べたとの部分があるが、退院後の者に対し、その肉親が、入院同意の存在を否定することは、十分考えられるところであり、直ちに前記認定を覆すに足りない。

また、証拠(第一審被告文之進本人)中には、第一審被告文之進自身は、右手続が経由されているかどうか、直接の確認はしていないとの部分がある。しかしながら宇都宮病院の管理者である第一審被告文之進が、包括的に部下に対し、入院者についての入院同意の手続を得るよう指示をし、部下がこれに基づき、入院者の家族等につき、現実に保護義務者に選任されるように手続をし、入院同意を得ている場合には、必ずしも、個々の患者につき管理者自身が、入院同意の有無を確認する必要はないとものと解され、したがって、右供述をもって、第一審原告Dにつき、保護義務者による入院同意がなかったと推認することは相当でない。

(三) 右認定によれば、第一審原告Dは当時入院を要する程度の精神障害者であったこと、本件入院前にも、としが第一審原告Dに同行して診察を受けるなどしていることから、としも事前に入院を承諾し、将来保護義務者に選任されることが見込まれる状況での入院であること、そして入院後、(多少時期が遅れた嫌いはあるが)としが保護義務者に選任され、入院の同意を与えたこと等の事実が認められるものであるから、第一審原告Dの入院手続については、これを違法とするほどの瑕疵はなかったものと解するのが相当である。

3  宇都宮病院の入院期間について

第一審原告Dは、宇都宮病院の入院期間も違法に長いとしてこれに沿う証拠(甲D一三号証)を提出する。確かに右証拠指摘の事実は考慮に値し、また後記の退院時における折衝の経緯を判断すると、違法な長期入院の疑いもないではないが、他方、反対趣旨の証拠(乙C二一号証、第一審被告文之進本人)の存在、従前の入院歴、医師の裁量性等考慮すると、前記約二〇か月間の入院をもって、違法な長期入院であるとまで解するには足りないものといわねばならない。

4  報徳産業においての勤務について

第一審原告Dは、宇都宮病院入院中の報徳産業における作業及び退院後の報徳産業における勤務が、第一審被告文之進及び亡裕郎による違法な拘束である旨を主張する。

そこで判断するに、まず、宇都宮病院入院中の報徳産業における作業は、前記のとおり、医師である第一審被告文之進の指示に基づき作業療法としてなされたものであること、報徳産業に泊まり込みでの勤務はなく、基本的には通勤の形態をとっていたこと、作業に対しては一定の対価も支払われていたことが認められ、またその期間も退院前の約三か月であり、したがって、右をもって、第一審被告文之進等がその優越的地位に基づき強いて第一審原告Dに対し、その意に反する勤務を強制したと解するのは相当ではない。

しかしながら、宇都宮病院退院後の勤務については、確かに前記のとおり、としがこれを承諾した事実は認められるものの、前記認定の事実及び証拠(第一審原告D本人)によると、第一審原告Dは電気工事関係の技術につき資格を有するものであり、右業務を遂行していくことは容易であったこと、宇都宮病院在院中も、第一審被告文之進の直接、間接の指示で、同病院内の電気工事をしたことがあること、退院後まもなく報徳産業から逃走し、東京都において電気関係の業務に就いたこと、他方、報徳産業での勤務は、冷蔵庫への荷物の搬出入で、その報酬も、従前入院期間中は、一か月一万円が支給されたが、退院後については必ずしも明確ではなかったことが認められ、これに前認定の生活状況を合わせ考えると、第一審原告Dは退院後、かねて自営していた電気工事関係の業務に就きたかったが、第一審被告文之進が、報徳産業に勤務しなければ退院させないとの態度を採ったことから、やむなく報徳産業に勤務することとなったとの第一審原告Dの供述は採用できるものであり、証拠(第一審被告文之進本人)中右認定に反する部分は採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

なお第一審被告正子及び邦文らは、昭和四八年末、第一審原告Dがとしの許に一人で帰郷したが、まもなく任意に報徳産業に戻り勤務を再開したこと等をもって、第一審原告Dに対する違法な拘束はなかった旨主張する。しかしながら、第一審原告Dは報徳産業に戻った直後、逃走の形態でその勤務を中止したこと、第一審原告Dの前記病歴、入院中の状況等考慮すると、右勤務再開の事実をもって直ちに第一審原告Dが任意に勤務を継続していたと判断するのは相当ではない。

5  第一審被告文之進の責任について

右認定の事実によれば、第一審被告文之進は、早期の退院を望む第一審原告Dに対し、退院後、報徳産業に勤務しなければ退院させないとして、その意に反し、前認定の生活状況のもとに労働を強いたものであり、右は第一審原告Dに対する不法行為を構成するものと解される。

6  亡裕郎の責任及び相続関係について

(一) 前記認定の事実によると、亡裕郎は報徳産業を経営していたこと、昭和四八年一〇月ころから昭和四九年一月までの間、準職員等として、第一審原告Dを報徳産業の業務に従事させたことが認められ、また右勤務は、特に宇都宮病院退院後においては第一審原告Dの望むところではなかったことが認められる。

ところで、証拠(乙F一号証の1ないし17、二号証の1ないし7、三号証、五号証、六号証、七号証の1ないし3、第一審原告D本人、第一審被告文之進本人)によると、亡裕郎は第一審被告文之進の弟であり、宇都宮市内で報徳産業を経営し、大型冷蔵庫への物品の保管、農場の経営等に当たっていたこと、その業務に当たっては、宇都宮病院の患者の作業療法及び退院後の者の勤務場所の提供に協力し、これらの者を多数受け入れてきたことが認められる。そうすると、精神障害を負う者ではない者と雇用契約を締結するか否かを決する際には、雇用者が、就職を希望する者に対し、その意に沿う勤務であるかにつきあえてその者の真意を慎重に確認する必要はないものと解される。しかしながら本件のように、既に入院を継続する必要はなくなったとはいえ、大多数は、なお精神障害を負っているものであるから、その就職の意思を確認するには格別の注意を払う必要があるものといわねばならない。右のように多数精神障害者を受け入れてきた亡裕郎としては、単に医師で、兄である第一審被告文之進が、第一審原告Dの報徳産業での勤務を推奨しているからといって、それのみで足りるとすることはできない。そして第一審原告Dについても、右意思確認をしたならば、容易にその意に反する勤務であることが判明したものと解される。

そうして亡裕郎は、右確認を怠り、また勤務状況からみても第一審原告Dにその意に反する労働を前認定の生活状況のもとにさせたものであり、右は第一審被告文之進と共同不法行為の関係にあるものと解される。

(二) 亡裕郎が昭和六三年七月三一日死亡したこと、その相続関係が第一審原告D主張に係るとおりであることは、第一審原告Dと第一審被告正子及び同邦文らとの間において争いがなく、これによると第一審被告正子は二分の一、同邦文らは各八分の一の割合で亡裕郎の債務を相続するものである。

7  第一審被告報徳会の責任について

証拠(第一審原告D本人、第一審被告文之進本人)及び弁論の全趣旨によると、第一審被告文之進は第一審被告報徳会の理事であったこと、その職務を行うにつき、前記のとおり第一審原告Dに対しその意に反する報徳産業への動務をさせたことが認められるものであり、したがって第一審被告報徳会は医療法六八条、民法四四条一項に基づき、第一審原告Dに対し、その受けた損害を賠償する責に任ずるものである。

8  第一審原告Dの損害について

前記のとおり、第一審原告Dは宇都宮病院退院後も、その意思に反して報徳産業での勤務を余儀なくされたものである。右は、精神病院の入院者に対する医師の優越的地位を濫用したものとして、不当であることはいうまでもなく、また右勤務をすることなく自己の希望する電気工事関係の業務に就いたときにはより多額の報酬を得る機会があったものと推認される。しかしながらその現実の期間は一か月に満たないこと、その他本件に現れた諸般の事情を考慮すると、右による損害の慰謝料としては一〇〇万円が相当である。

また本件事案の難易度、認容額その他本件に現れた諸般の事情を考慮すると、本件不法行為と相当因果関係ある弁護士費用としては、一二万円をもって相当とする。

9  消滅時効の完成について

第一審原告Dの損害賠償請求権につき、第一審被告文之進、同報徳会は、第一審原告Dが宇都宮病院を退院した昭和四八年一二月二八日から、同正子及び同邦文らは、第一審原告Dが報徳産業を退所した昭和四九年一月一四日から、それぞれ三年が経過したとして、消滅時効の完成を主張し、本訴において右時効を援用する。

前記認定の事実、証拠(甲全一四号証、甲C第三号証、第一審原告D本人)及び弁論の全趣旨によると、第一審原告Dは、報徳産業を退所した後、前記のとおり上京し、上野駅周辺において、電気工事関係の業務に就いたこと、昭和五二年の開業も東京都でこれをしていること、そして、第一審被告文之進は精神病院の管理者として警察関係に面識があることを知っており、したがって第一審被告文之進らに対して姿を表して賠償請求等何らかの手続を採ったときは、警察によって再度宇都宮病院に連れ戻されるものと信じていたこと(なお第一審原告Dは前記のように、昭和四七年の入院も、母が入院同意を与える等したものではなく、無賃乗車をしたために第一審被告文之進が一方的に収容、入院させたものと信じていた。なお、報徳産業で作業をしていた際にも逃げて連れ戻された患者を見たことがあり、また、病院内で患者がリンチを受けている旨の噂を耳にしていた。)等から、これをしなかったこと、ところで昭和五九年三月一四日に至り、宇都宮病院内で生じたいわゆるリンチ殺人事件が新聞で一斉に取り上げられ、これを契機に宇都宮病院における医療体制が社会問題化したこと、第一審原告Dは、右のような経緯に意を強くして、第一審被告文之進らに対する損害賠償請求の訴えを提起することとなり、昭和六〇年一二月二〇日、本訴提起に至ったことが認められる。

ところで民法七二四条に「加害者を知りたる時」というのは、その性質上、被害者が、加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況のもとに、その可能な程度にこれを知った時をいうものと解される。ところで前記によると、第一審原告Dは、病院への連れ戻しがあることを誤信して、訴え提起をすることができなかったというものであり、本件が退院したとはいえ、精神障害者と精神病院との間の事件であること等の事情を考慮すると、第一審原告Dの損害賠償請求権は、前記のような新聞報道のなされた昭和五九年三月一五日をもってその起算日と解するのが相当であり、したがって消滅時効は完成していないものといわねばならない。

10  第一審被告栃木県及び同国の責任について

原判決一〇二枚目表二、四行目を引用する。

五  結論

以上によれば、第一審原告らの本訴請求は、

1  第一審原告Aの請求につき、第一審被告文之進、同報徳会、同宇都宮市、同国に対し、各自損害金五五〇万円及び内五〇〇万円に対する昭和五九年九月一五日(第一審原告A退院の日)から、内五〇万円に対する昭和六〇年六月二五日(不法行為後で訴状送達の翌日)から、各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、

2  第一審原告B1ら二名のそれぞれの請求につき、第一審被告文之進、同報徳会に対し、各自損害金二七万五〇〇〇円及び内二五万円に対する昭和五八年八月一七日(亡B1退院の日)から、内二万五〇〇〇円に対する昭和六〇年六月二五日(不法行為後で訴状送達の翌日)から、各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、

3  第一審原告Cの請求につき、第一審被告文之進、同報徳会に対し、各自損害金五五〇万円及び内五〇〇万円に対する昭和五九年九月一五日(第一審原告C退院の日)から、内五〇万円に対する昭和六〇年六月二五日(不法行為後で訴状送達の翌日)から、各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、

4  第一審原告Dの請求につき、

(一) 第一審被告文之進、同報徳会に対し、各自損害金一一二万円及びこれに対する昭和六一年一月二三日(不法行為後の日)から、各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、

(二) 第一審被告正子に対し、損害金五六万円及びこれに対する昭和六一年一月二三日(不法行為後の日)から、支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、

(三) 第一審被告邦文らに対し、それぞれ損害金一四万円及びこれに対する昭和六一年一月二三日(不法行為後の日)から、支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、

((二)、(三)項の支払は(一)の支払と各自支払の関係である。)

それぞれ理由があるが、その余は理由がない。

第二  よって、原判決は、右と一致する限度で相当であるが、異なる限度で失当であり、第一審原告らの本件控訴は一部理由があるので、原判決を右のとおり変更することとし、その余の控訴は棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九五条、八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用し、なお仮執行免脱宣言は相当でないのでこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官丹宗朝子 裁判官細川清 裁判官北澤章功)

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